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中世ダークファンタジー剣戟譚『LANCASTER《ランカスター》』連載中 © 2019 エンタメスタジオCre-eat

ブログ小説『LANCASTER《ランカスター》』:第1話 絶望の始まり【王都出立篇】

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こちらの記事はLANCASTER《ランカスター》のプロト版として、実験的に描いた作品となります。

更新予定はありません。

正規版のLANCASTER《ランカスター》は以下の通り連載しておりますので、

LANCASTER《ランカスター》を楽しみたい方は以下よりお楽しみください。

 

老婆がいなくなった後、男は、しばらくいつになく難しい顔をしながら宛もなく歩を進めた。

その間、顎の下に手をずっと置いていた。それが何かを考える時の彼のいつもの癖だった。

男には、どうにも老婆の言葉が気掛かりで仕方なかったのだ。

百年に渡る戦争、王位、"しるし"を持つ者…………それらがいったい何を意味するのだろうか、と。その中でも、男がとりわけ気になったのは、イングランド、フランスという言葉だった。

その口ぶりは、まるでこの場所がそうであるかのような、そんな口ぶりに男には思えた。そのため、男の脳内には、先程からある一つの現実離れした考えが浮かんでいた。

「ここは、まさか、ヨーロッパなのか……?」

そう口にした所で、忽ちそんな馬鹿げた事があるものか、と男は思った。なぜなら先程まで都内のオフィスビルで働いていたのに一瞬でヨーロッパに移動するなど、やはりどうしても想像できなかったからだ。

ゆえに、男は思った。これは、きっと日々の残業の疲れのせいで、おかしな幻想を見ているだけなのだ、と。あるいは、知らぬ間にうたた寝をしてしまっていて、突拍子もない夢でも見ているに違いない、と。

しかし、そうは思ってみたものの、先ほどから目に見える景色や鼻で感じられる匂い、耳から聞こえる音は、幻想や夢と呼ぶには、あまりにも現実味を帯び過ぎているように思えた。

その証拠に、男は気づけば、樹木が鬱然として地を覆う薄暗い気味の悪い森の中を彷徨っていた。

草を掻き分けながら地面を踏みしめる度に青くさい草の香りがした。木々の間からは、獣の遠吠えや虫の羽音が聞こえた。また、頬をつねれば、当然、鋭い痛みが返ってきた。

やはり、それらの感覚は現実としか思えなかった。

「夢じゃない……ここは本当にヨーロッパなのか……」

見渡す限り緑の海が広がった。

そこには、都会でよく見たハンバーガーショップも24時間営業のコンビニも往来する忙しそうなサラリーマンの姿も渋滞する車の姿も一切見えなかった。

ここは、明らかに都会とは違うどこか遠い別の場所だと、男はそう認めざるを得なかった。

そうだ、と、男はふとある事に気づくと、足を止めた。

背広のポケットに手を突っ込むと、慌ただしくポケットの中をガサゴソとまさぐり、必死に"何か"を探した。

「どこだ……どこだ」

そう言って、ポケットから出てきたのは、くしゃくしゃに丸め込まれたソフトタイプのタバコの箱がひとつ、使い捨ての安っぽいショッキングピンクのライターがひとつ、パイナップル味の飴玉が幾つかだった。

けれど、それらの物は、男が探している目当ての物とはほど遠かった。

「おかしい……確かにポケットの中に入れていたはずだが……」

男は、取り出した物をポケットの中に乱暴にしまうと、まだ調べていない残りのポケットの中を調べた。

まもなくワイシャツの胸ポケットからお目当ての物を見つけると、男はホっと安堵した。

「あった……あったぞ」

男が苦労のすえ手にしたものは、いわゆる、スマホだった。

随分と慣れた手つきで画面を数回タッチすると、それまで暗かった画面にブルーライトの光がパッと灯った。

光が灯るまでは、果たして電源が入るものかと少し不安だったけれども、スマホは正常に動作した。その上、電池残量も十分にあったので、これで助かったと男は思った。なにしろスマホがあれば、ここがどこだろうと電話一本でタクシーを呼べたし、地図アプリを使えば、現在地だってすぐに分かったからだ。

これで家に帰れる、そう思った矢先の事だった。画面に表示された次の一文を見て、男は不可解に思った……

ーー圏外 1429年2月12日11:03分

こんな森だ、圏外なのはまだ分かるとして、奇妙なのは日時の方だった。現代から約600年も前の時間が表示されているではないか。更に不思議な事に、時間も止まっていいるではないか。

「どういう事だ……壊れてでもいるのか……」

そう思って、スマホを再起動してみるが、画面に表示されるのは、やはり、600年も前の時間だった。

それから電源を切って入れを数回繰り返してみたものの、結果は変わらなかった。まるで、その時間が正しいかのように何度も600年も前の時間を繰り返し表示した。

「これは何なんだ」

男は深いため息を漏らすと、近場に転がっていた手頃な岩に腰を下ろした。

背広から煙草の箱を取り出すと、残り少ない煙草の中から無造作に煙草を一本取り出し口に咥えた。そして火をつけ、肺の中を煙で満たすと、少しだけ不安が紛れた。

「一体、どうしたらいいんだ」

結局、今に至るまで、自分が今どこにいるかも分からなければ、今が何時なのかさえ判然としなかった。分かる事といえば、ここは自分のいた都会とは明らかに違うどこか遠い場所だ、ということぐらいだった。

なぜこんな場所にいるのか、ここは一体どこなのか、気になる事は多くあったけれど、考えてみたところで、答えは出なかった。なぜなら手がかりや情報が全くなかったからだ。ゆえに、男はとりあえず町を目指そうと考えた。町に行けば、情報収集もできるだろうし、今は圏外で使えないスマホもまた使えるようになるかもしれない、とそう考えたからだ。

それに何より先を急ぐ必要があった。外は徐々に薄暗さを増していて、木々の間から獣が時おり甲高い奇声を繰り返し、森はいっそう不気味な様相を呈していた。これ以上暗くなっては森で一晩を過ごす危険があった。

男は短くなった煙草の火を地面で揉み消すと、宛はなかったけれど、とにかく森から抜けるため先を急いだ。

それから程なくして男は森が妙に騒がしい事に気づいた。密生した木立の間から鳥の群れが一斉に飛び立ち、草藪から獣が飛び出した。そんな慌ただしい森の様子を不思議に思いながら伺っていた時だったーー

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と、どこからともなく凄まじい轟音を立てながら、こちらに向かって、猛烈な勢いで迫る二つの影があった。それからまもなく鬼火のような丸い火の玉が二つ、薄暗い森の中から飛び出すと、火の玉は激しく揺れながら勢いよくこちらに向かってくるではないか。

「今度はいったい何だ……」

普段は霊的なものの存在など信じる男ではなかったけれど、こんな不気味な森の中にいたとなっては、加え、宙に浮かぶ火の玉を見たとなっては、さすがに霊的な何かなのではないかと、恐怖を覚えた。

男は半分腰を抜かしつつ慌てて茂みに身を隠すと怯えた野鼠のように丸くなり"それ"が通り過ぎるのを待った。それからまもなくしてからだった。野太い声で「止まれ!」という声が辺りに響くと轟音がぴたりと止んだ。

何が起きているんだ……そう思って、男は、草藪をそっと搔き分けると、声のした方を慎重に伺った。すると、男が身を潜めている所からそう遠くない場所に、二頭の動物のような大きな影の上に、手に松明を持った二人の人影が地面に伸びているのが見えた。

男はもう少し状況を把握するために、草藪をそっと掻き分けながらその二人の人影の下に近寄ると、まもなく騎馬に乗った二人の男の兵士の姿が見えた。

一人は、いかにも勤勉な兵士といった感じだった。きりりとした表情に背筋を真っ直ぐ伸ばしながら何やら辺りを伺っていた。一方、もう一人の男は、いかにも怠惰そうな感じだった。ぼさぼさ頭を掻きむしりながら、眠そうにあくびをしていた。

「なんだ、あいつらは……」

見知らぬ森で携帯電話も繋がらない状態で、言わば、迷子のような男にとっては、その者たちとの出会いは、僥倖かのように思われた。

本来ならば、一目散に助けを求めたい気分だった。けれど、男はそうしなかった。

なぜなら男には兵士たちの様子が怪しいように思えたからだ。兵士達は、人気のない薄暗い森で松明を片手に何かを探しているようで、辺りをキョロキョロと不審に伺っていた。

そのため、すぐには飛び出さず、もう少し様子を伺おうと思った。

生真面目な兵士は、松明を片手に木陰や草藪の中を調べる一方、怠惰な兵士は、気だるげに頭の上で手を組みながらこんな軽口を叩いた。

「それにしても、さっきの巨大な光の柱は何だったんすかねー」

「さあな。"目当てのもの"さえ見つかればどうでもいい」

巨大な光の柱だと……男は兵士の会話に耳を立てながら疑問に思った。そんな大きな光がこの近くであったなら気づかないはずはないと。けれど、男はそんな大きな光など一切見ていなかった。

怠惰な兵士は、決して手は動かさなかったけれど、口だけは忙しなく動かした。

「そーいや、先輩はついこの間まで、あの《オルレアン城》の近くの砦にいたとか」

「あ、ああ……」

先輩と呼ばれた生真面目な兵士は、オルレアン城と聞くや否や、一瞬にして顔から血の気が引いた。一方で、怠惰な兵士は、興味津々そうに眼を光らせると、生真面目な兵士ににじり寄った。

「それじゃあ、見たんすか?」

「何をだ」

「魔女っすよ、魔女」

生真面目な兵士の事だから、そんな馬鹿げた質問など一笑に付してまともに取り合わないだろうと思われた。

しかし、意外な事に、生真面目な兵士は、それまで動かしていた手を止めると、怠惰な兵士の方に向き直り、静かに頷いて答えてみせた。

「ああ、見たよ……恐ろしい翼の生えた化け物をな」

今度は化け物ときたか……男は、馬鹿らしいと思いつつも生真面目な兵士の言葉に耳を傾けた。

「あれは、少し前の事だ。ちょうど今のように馬に乗って、このロアール山岳を警邏している時だった………………空に"獅子を咥えた一羽の巨大な黒い鷹"を見た」

「獅子を咥えた黒い鷹っすか……!?」

「俺も最初は疑った。だが、それは確かに大きな一羽の鷹だった。赤い月のような大きく不気味な朱の眼に、山のように巨大な体躯をした恐ろしい化物だった」

怠惰な兵士は、生真面目な兵士があまりにも真面目に言うものだから、思わず生唾をごくりと飲み込んだ。

「その鷹を見た時、不思議な事に俺は背を向け遠ざかっていくその黒い鷹がどこに行くのか知りたくなった。そして、次に気づいた時、無我夢中で馬を走らせていた」

「それでどうなったんすか?」

生真面目な兵士は、残念そうに首を横に振る。

「結局、途中で見失ってしまった。そして気づくと、俺は瘴気の森を抜け、《オルレアン城》の前にいた」

「あの……魔女の棲む城の前まで行ったんすか……噂じゃあ、あそこは随分と酷い惨状だとか」

生真面目な兵士の顔に怯えのような影が走る。

「ああ、目を覆いたくなるような有り様だった……地には無数の屍が転がり、木には晒された骸がぶら下がり、城の前の大河は血で赤く染まり、まさに魔女が棲んでいるような凄惨な城だった……」

「噂には聞いていたんすけど、まさか、それ程までとは……」

怠惰な兵士は、そう言うと、恐ろしそうに眉をひそめた。

山のように巨大な鷹に……魔女の棲む城……そんなものが本当に存在するのだろうか。いや、そんなもの存在するはずがない、と、男は頭では否定しつつも、心の中ではどこかその存在を否定しきれずにいた。というのも、その兵士があまりに真に迫って語るため、いよいよ男にもそれが確からしく聞こえたのだ。 

その後も、兵士たちは、何やらと会話を続けていたけれど、その声は段々と小さくなるにつれ、兵士から少し離れた所にいる男には聞き取り辛いものになった。

辛うじて聞き取れたのは、「我がイングランド王国と敵国フランスは、まもなく再びオルレアン城を巡って、これ以上にない熾烈な争いを繰り広げるだろう」という断片的な情報だけだった。

兵士たちの会話をもう少し聞きとろうと思って、草藪をそっと掻き分け近づこうとした時だったーー

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と、呆気ないほど鋭く澄んだ音が閑静な暗い森に響いた。

兵士は、異音に気づくと、会話を止め、腰に差した剣の柄に手を掛けながら怪訝そうに周囲を伺った。

「何の音だ?」

「さぁ、獣じゃないっすかね」

音は足下から出たらしかった。片足を恐るおそる上げると、乾いた朽木がぐにゃりと折れ曲がっていた。

全身から血の気がサーッと引くのを感じた。

「いいや、これは獣なんかじゃあない。なぜ俺たちがここにいるのか忘れたのか」

「なぜって、光の柱の下に残されていた足跡を辿ってここまで来たんじゃないっすか」

「じゃあ、簡単だろ。いるんだよ、その"お目当ての野郎"がな。ほら、これを見てみろ」

生真面目な兵士はそう言って、しゃがみ込むと、手に持っていた松明で暗い地面を照らした。するとそこには男の足跡と思われる痕跡が草藪に向かって点々と続くのが見えた。

「光の柱と共に現れた男か。異端審問官共がこれを知ったらきっと騒ぐだろうな」

「きっといい金になるっすよ。分け前は5:5でどうっすか」

「俺が見つけたんだ。6:4だ」

「了解っす……」

二人の兵士は、悪い笑みを浮かべながら、こちらに向かってゆっくりと歩を進めてくるではないか。

やはり気づかれていたか、どうする……このまま草藪から姿を出して事情を説明するか。いや、だめだ、話が通じるような相手には思えない。

ならこのまま全速で走って逃げるか……いや、それもだめだ。相手には馬がある。きっとすぐに追いつかれる。

いっそのこと、草藪に近づいてきた所で不意打ち上等で石で殴りかかるか……いや、それもだめだ。兵士相手にそれも二人相手に勝てる自信がない。最悪、斬り殺されかねない……

もたもたと躊躇している間にも、兵士たちは刻一刻と近づいていた。

兵士が歩く度、白い裸の刃がぎらぎらと光るのを目の当たりにして、男は生まれて初めて「死」を意識した。それと同時にある感情が猛烈に沸き上がった。嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない……

平生、朝起きて深夜まで会社で働き、帰りに冷たいコンビニ弁当を買って食って寝るだけの、そんな生きていない、死んでいないだけの人生を送る男だったが、初めて「死」に直面して、心から生きたいとそう願った。

「うわあああああああ」

男は叫びながら一心不乱に走った。恐怖に身を任せたのだ。そこに計算や目論見はない。あるのは、ただこの場から逃げたいという恐怖心のみ。

「ネズミが飛び出したぞ」

「狩りの時間っすね」

兵士たちは、男を見つけても特に焦って追いかける訳でもなく、随分と余裕ありげといった様子で駆け出す男の背をまじまじと眺めた。別に急ぐ必要などなかったのだ。なぜなら、足で逃げるしかない男と違って、兵士たちには馬があったから。

兵士たちは、男が丸腰である事をしっかりと確認してから、次の行動に移った。

口笛を吹いて馬を呼び寄せると、ひょいと馬にまたがり、生真面目な兵士はそのまま男の背を追った。

一方、怠惰な兵士は、男の前に回りこむため、横道の草藪に向かって馬を走らせた。

アイコンタクトだけで瞬時にこれをやってのけるだから、どうやら只の兵士ではないらしかった。

「おい、そこの男止まれ」

重々しい低い声が男の背を貫く。驚き振り向くと、生真面目な兵士が片手で剣を振り上げながら猛烈な勢いですぐそこまで迫っているのが見えた。

「う、うわああああ」

差し迫った死を目前にして心底恐怖した。

声にもならない声を上げながら顔に掛かる蜘蛛の巣や枝葉を振り払い、一心不乱に逃げた。

「大人しくすれば、手荒なマネはしない。だから、早く止まれ」

生真面目な兵士は、無駄な労力を嫌ってか、淡々と落ち着きながら諭すように言うが、男の耳にその声は届かなかった。

「やむを得ないか」

生真面目な兵士は、不機嫌そうに眉をひそめると、横の草藪に顔を向けた。

「おい、後は任せたぞ」

生真面目な兵士がそう言うと、突如、草藪から怠惰な兵士が馬と共に男の前に飛び出した。

刹那、怠惰な兵士は、躊躇なく男に剣を振り下ろす。

その瞬間、不思議な事に、男には怠惰な兵士の動きが止まって見えた。

よく交通事故に遭った人が車に轢かれる直前、世界が急に止まって見える、なんて話があるが、まさにそれと同じような事が起きていた。

怠惰な兵士が振り下ろした刃の側面が、ゆっくりゆっくりと、自分の首に近づくのを男は確認した。しかし、目で認識できても、身体は反応できずにいた。そのため、男はただその場でじっとする他なかった。

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と、鈍い音と共に男の首元に強い衝撃が走る。

次の瞬間、視界がぐらりと回転して、平衡感覚がなくなり、男はばたりと地面に仰向けになって倒れた。

厚い雲に覆われた薄暗い空が見えた。自分を見下ろしながら立つ二人の兵士と木々がぐねぐねとぐわんぐわんと曲がりながら不気味に微笑んでいるではないか。

男は次第に瞼が重くなっていき、遂に意識を失った。

 

 

『LANCASTER《ランカスター》』:第1話 絶望の始まり【王都出立篇】 -完-

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