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中世ダークファンタジー剣戟譚『LANCASTER《ランカスター》』連載中 © 2019 エンタメスタジオCre-eat

ブログ小説『LANCASTER《ランカスター》』:第2話 邂逅【王都出立篇】

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男は夢を見た。過去の出来事が走馬灯のように流れた。

男は、広大な土地と緑豊かな大自然の中で牧畜業を営む心優しい祖父母の下で育った。

本当の両親は、無責任な事だが、赤子の時分の男を父方の祖父母に預けると、男が生まれて早々に離散した。その後、両親が家に戻ってくる事はなかったけれど、それでも気立てがよい祖父母が本当の両親のように育ててくれたので、男が寂しいと思ったりする事は決してなかった。

祖父母は、男がしたい事なら、それが悪い事でなければ、何でもする事を許してくれた。ただ男の話に静かに頷いては、いつも最後に一言こう言うだけだった。「誰かのために動けるようになりなさい」と。

そんな寛容な祖父母の下で、また、広大な自然の中で育ったため、男は自分の感情に素直な子供に育った。

ある時、牧舎で可愛がっている子羊が病気で死んだ時には、亡骸を抱きながら一晩中泣き叫んだものだった。また、ある時は、友達が不良らに絡まれている所を見て、数の不利があるにも関わらず、自分の事であるかのように怒り、迷いなく集団の中に飛び込んだものだった。

そんな直情的な男を、周りは愚直と言って馬鹿にする事もあったけれど、シンプルな性格ゆえ、あれやこれやと悩まないで済むのでこれはこれでいいのだ、と男は考えていた。また、祖父母もその行動が人のための行動であれば、男を叱るような事は決してなかった。

男が18歳になった時だった。突如、祖父母の下に一本の電話が鳴った。

祖父は電話に出ると、たいそう驚いたような表情をした。男は不思議に思って、電話が終わるのを待ってから、祖父に何があったのかを尋ねた。

すると、祖父は言い辛そうにこう答えた。「電話の相手は、君が生まれてすぐに消息を絶った父親からのものだ」と。要件は「息子に会いたい」というものだった。

男は、十年以上も経ってから何を今さらと思った。もはや実の両親に特別な思いなどはなかったが、大学進学を機に都会に出ることを密かに考えていたので、これは都合のよい話だと思った。幸いな事に、父親の家は都会にあるということだったので、そこに住めば、祖父母に余計な負担を掛けずに通学ができると考えた。

それから1年後、男は予定通り、都内の大学に進学した。

入学式の前、男はリュックにまとまる程度の身支度をすると、これからは父の下で住む事を祖父母に伝えた。

祖父母は、それは男が決めた事なので、引き留めるような事はしなかった。この時もただ男の話に静かに頷いては、最後に一言こう言うだけだった。「誰かのために動けるようになりなさい」と。

だが、この時ばかりは、祖父母の皺だらけの優しい目元に涙が浮かんでいた。

男はお世話になった祖父母に別れを告げると、父親に教えられていた住所に向かった。

教えられていた住所に着くと、そこには、立派な門に広い庭園を持った武家屋敷のような大きい一軒家が建っていた。後で知った事だったけれど、父親は都内でIT系の企業を経営していて、それなりに裕福な生活を送っていた。そして、その日からそこが男の家になった。 

父親は無機質で冷淡な人だった。十数年ぶりの息子との再会にも関わらず、眉一つ動かさなかった。

父親は息子には関心がなく、興味があるものといえば、株がいくら上がったかとか、いくら下がったかとか、今期の会社の売上がいくらだとか、そういった数字くらいのもので、家の中で親子の間に親子らしい会話はなかった。けれど、男は別にそれでもいいと思った。男としても別に今から親子のように仲良くするつもりはなかったのだから。

そんな暮らしにも大学生活にも慣れたある時だった。

深夜、友人と二人で街を歩いていると、突如、女性の叫ぶ声が聞こえた。

男は急いで友人と声のした方に向かうと、路地裏でチンピラのような厳つい男が女を鬼のように殴っていた。女は白目を剥き、泡を吹いて、今にも死にそうな表情をしていたが、それでもチンピラは執拗に女の顔を殴り続けた。

男はその姿を見るや否や、弾丸のように飛び出し、チンピラの胸倉に掴み掛かると、勢いよく殴り飛ばした。殴られたチンピラは近くに積まれていた生ゴミの袋に顔を埋めるように沈み込んだ。これで女性を助けられたと男は思った。

しかし、この行動が軽率だったと、男はすぐに思い知ることになる。

騒ぎを聞きつけたチンピラの仲間が、どこからかぞろぞろと集まって来たのだ。数は7、8人。どれも悪そうな顔をしていて、中には鉄パイプを持っている者もいた。

多勢に無勢だった。男は酷くボコボコにされた。

怪我は、今までにない程深いものになった。腕の骨やあばら骨が数本折れていて、1カ月程は病室で横になるしかなかった。そして、この長い入院生活が悪い意味で男の人生観を大きく変えた。

入院している間、二人の人間が見舞いに来た。一人は、父親だった。父親は、包帯だらけの男を見下しながら冷淡にこう言った。「余計な事に首を突っ込むからこうなる」と。もう一人は、ボコボコにされた現場にいた男の友人だった。友人は松葉杖を突きながら、片目に眼帯をしていた。そして、侮蔑するような表情でこう言った。「俺がこうなったのは、お前のせいだ。あんな女ほっとけば良かったんだ」と。

男はベッドの上でロクに身動きも取れないまま、狭く暗い病室で長く過ごす中で、人生について一つ悟った事があった。それは、人生というのは、誰かの為に一生懸命動いてもいいようにはならないというものだった。

人のために動いても、罵られたり、裏切られたり、痛い思いをするだけで、勇気をもって行動することは馬鹿のする事だと、この時つくづく思った。それから男は、これからの人生は、できる限り身の周りことに無関心でいようと、その時覚悟したのだった。

 

 

長い夢が終わり、男はようやく目を覚ますと、目を擦りながら身体をゆっくり起こした。

ズキンと頭が痛むのを覚えながら、目の前に広がる光景を見て、はてと不思議に思った。

「ここは、どこだ……」

どういう訳かは分からなかったけれど、男は窮屈な石造りの部屋の中にいた。

部屋には、窓や明かりのようなものがないため、薄暗かった。そのため、部屋の全容は伺い知れなかった。

そうだ、と男は背広のポケットに手を入れると、安っぽいショッキングピンクのライターを取り出した。

頼むから点いてくれよ、と願いながらカチッカチッと火を起こすと、たちまちボワっと火が付いた。そうして火を手に入れると、男は火が消えないように、手を添えながら静かに部屋の中を伺った。

火を持って移動すると、一匹の小汚いドブネズミが走って逃げるのが見えた。

それから少し進んだ先に何やら炭のような黒い物体が落ちているのを見つけた。しゃがみ込み、火を近づけてみると、酷い腐乱臭がもわんと漂った。

見た感じ、どうやら残飯のようだった。もはや炭化していて鉱石のようになっていたが、それは木製の器に盛られていて、周りには便所蝿が小うるさく集っていた。

男は顔をしかめながらその場から逃げるようにして立ち上がると、部屋の調査を再開した。

次に部屋の片隅に小汚いボロが転がっているのを見つけた。

見た感じは、掛け布団といった感じだった。身を覆えるくらいの長さはありそうな麻布で、所々虫に食われて穴が開いているのが見えた。

火を近づけてみると、ボロが少し膨らんでいるのに気づいた。

中にいったい何が隠れているんだろうか……気になって、男はボロに手を伸ばしてみるけれど、中々捲り上げられずにいた。好奇心は猫を殺す、と言うが、今まさにその好奇心によって、何か危険が身に及ぶのではないかとそう危ぶんだのだ。

しかし、この部屋が何なのかを探る必要があったため、しばらく間があった後で、男は勇気を出してボロを一気にふぁさりと広げた。すると、大量の埃が舞い上がり、中から白い物体が、からんころん、と冷たい石畳の上を転がった。

おそる恐る白い物体に火を近づけてみると、サッカーボールくらいの白い球に落ち窪んだ丸い虚空が二つ開いているのを見つけて、男はみるみる顔を蒼白くした。

「うわああ」

それが人の骸だと分かると、男は恐ろしさに思わず尻餅をついた。

その瞬間、男の手元からライターがすぽんと離れ、石畳の上をくるりと滑っていった。そして、何かに当たったのか、カツンと厚い金属板を叩いたような冷たい音を立てた後、動きを止めた。

今の音はなんだ、と音のした方を振り向くと、赤い鉄錆のこびりついた重たい鉄板が火によって照らし出されているのに男は気づいた。

「扉……なのか?」

男は手をついて立ち上がると、転がっていたライターを拾い上げ、その重厚な鉄板の前に火をかざした。

見た感じは扉のようだったけれど、不思議な事に、取っ手が付いていなかった。もしかしたら、押せば開くかも、と一瞬思って押してみるが、扉はビクともしない。

一体どうしたものか……と頭を抱えていると、扉の上部に、盆に載せた食事を運べるくらいの隙間が開いているのに男は気づいて、ライターの火をそこに運んだ。そして、恐るおそる鉄格子の隙間から外を静かに伺った。

「なんだここは……」

外には、人ふたりが肩を並べて歩けるくらいの幅の廊下が横に果てしなく続いていた。

薄暗い廊下には、点々と篝火が置かれ、それに照らされ、古めかしい鉄扉が横一列に不気味にずらりと並んでいるのが見えた。

各扉の上には、男の扉と同じように、皿に乗せた食事を出し入れできる程度の隙間が開いていて、その少し上に1103、1104、1105……等、それぞれ部屋番号のような数字が刻まれていた。

「へへっぇ、旦那。ここは一体どこだ、っていう顔をしてなさんなぁ」

突如、どこからともなく甲高い男の声がしたせいで、男はびくりと身が縮む思いがした。声はどこからだ、と声の主を探していると、再び調子のよい声色が響いた。

「こっち、こっちですぜぇ、旦那」

声の主は、目の前の部屋にいた。

扉の隙間からちりちり頭の小男が必死に背を伸ばしてこちらを覗き込みながら、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているではないか。

「な、なんだお前は……」

「あっしは人呼んで、物知りフルボーネ。街の小さな噂から王都の秘密まで、何でも知る耳利きの情報屋さ」

よく犬は、尻尾で感情表現をする、というけれど、小男は頭で感情表現をするようだった。その小男は、男の問いにキノコのような頭をリズムよくわなわなと震わせていた。

それが実際どんな感情を表現しているのかは男には分からなかったけれど、少なくとも嬉しそうには見えた。

「情報屋だって……あんたが?」

男は、キノコ頭の小男をまじまじと見つめて、こう思った。胡散臭いペテン師のようだ、と。というのも、身なりこそ小汚いチェニックを纏っていて、いかにもみすぼらしいといった感じだったが、一方で、胸元には、いかにも高価そうな下品な宝石をじゃらじゃらと垂らしていて、それだけを見れば、成金のようにも見えた。

「へへっぇ、いかにも。それもただの情報屋ではなく、耳利きの情報屋さ」

キノコ頭の男は、そう言うと、キノコのカサのような頭を誇らしげにわなわな震わせた。

男は、このフルボーネという男をいまいち信用できなかったけれど、とはいえ、今はこのフルボーネを頼るしかないとも思った。

「それじゃ、情報屋のあんたに聞きたい事がある」

「へへっぇ、お安い御用で。で、何が知りたいんで?」

「ここは、一体どこだ」

「おおっと、その前に」

フルボーネは、そう言って、扉の隙間から手を伸ばすと、男に向かって手をくいくいと動かした。

それは、まるで物乞いのように何かをくれ、と言っているようだった。

「なんだ……?」

「あっしは、旦那に情報を与える。で、旦那はあっしに何を与えてくれるんで?」

「すまないが、こんな場所だ。今は与えられる物なんてない」

「じゃあ、旦那はあっしのお客ではない。残念ですが、話はこれで終わりという事で」

フルボーネは、 そう言うと、男にくるりと背を向けた。

「ふざけるな! ここがどこかを教えてくれるだけでいいんだ! 答えてくれよ!」

「ふざけるな、だって?」

フルボーネは、男に背を向けながら答える。

その声色は、先程の甲高く調子のよい声色とは打って変わって、低く不機嫌そうだった。

「ふざけているのは、旦那の方では? この世はギブアンドテイク。与えるからこそ、施されるというもの。それを与えることなく、欲しがるっていうのは、ただの傲慢だ」

「それは……」

男は反論しようにも、咄嗟に言葉が出なかった。

というのも、このフルボーネという男、見た目こそ怪しげだったけれど、悔しいことに、言っている事は確かに一理あったので、それだけに反論のしようがなかった。

「それじゃあ、あっしは、これでお暇させて頂きますかね」

フルボーネは、そう言うと、男に背を向けながら歩き出した。

どこに行くのだろうか……同じような部屋に入れられているなら、出口は扉しかないはずだが……と男は思った。

とはいえ、いまフルボーネにいなくなられては困る。何かフルボーネの情報と交換できそうな物はないか……

男は、そうだ、とポケットの中に飴玉を幾つか入れていた事を思い出すと、急いで飴玉を取り出した。

「待ってくれ! 与える物ならある」

「ほう」

フルボーネは、再びくるりと体を返すと、興味深げに男の顔を覗いた。

男は、扉の隙間から腕を伸ばすと、手の平を開いて飴玉を見せつけた。

「俺が持っているこれとあんたの知っている情報を交換してくれないか」

「見た事ないものだ。それは何です?」

飴を見た事ないなど、不思議な事を言うものだと思ったけれど、男はとりあえず素直にフルボーネの問いに答えて見せた。

「飴だ」

「飴……?」

フルボーネは、男が差し出した飴玉を興味津々そうに、まじまじと見つめていた。

飴玉なんかで情報が引き出せるものだろうかと不安だったけれど、意外にもフルボーネの反応は上々だった。

「へへっぇ、いいですぜ。それじゃ、あっしの知っている情報とその飴玉とで交換といきやしょう」

フルボーネは、そう言うと、扉の隙間から手を伸ばし、男に手の平を広げて見せた。

まさか飴玉でこうも話が進むとは思っていなかったので、よし、と男は思った。

飴玉をフルボーネに投げると、フルボーネはそれを掴み、満足げな表情を見せた。

「で、何が知りたいんで?」

「さっきも言った通り、ここがどこかなのかが知りたい」

「ほう、そんな事でいいんで?」

「俺は与えたんだ。今度は、あんたが俺に施す番のはずだ。いいから質問に答えてくれ」

フルボーネは、これはうっかり、というような表情をした。

「おっと失礼。確かにその通り。いいでしょう答えますとも。旦那がいるここは、王都ロンドンに聳えるーー《ウィンザー城》の地下牢の中さ」

「ロンドン……それに城の地下牢の中だって……?」

男は、思わず自分の耳を疑った。何かの間違えではないのか、と。むしろ聞き間違えであって欲しいとさえ思った。それほどにフルボーネの言った言葉が信じられなかった。

「そんなはずがある訳ない……」

「いいえ、本当ですぜ。このフルボーネ、伝える情報に嘘はない」

フルボーネは、怪しげな男ではあったけれど、こと情報提供については信頼に足る男かもしれないと思った。

なぜなら、そう言って見せるフルボーネの表情には、誇りや自信が漲っていて、とても嘘をついているようには見えなかったからだ。

となると、なぜ自分がそんな所にいるのか、という疑問が男に生じる。兵士に殴られて意識を失っている間にここに連れて来られたのだろうか。だがなぜ? 何のために? 考えてみても答えは見つからなかった。

フルボーネなら、その辺の事情も知っているはずに違いない、と男は思った。

「俺はなぜこんな場所に閉じ込められているんだ」

「欲しければ、まずは与えよだ、旦那」

フルボーネは、飴玉をがりがりと嚙み砕きながら、扉の隙間から手を差し伸べると、卑しい乞食のようにおかわりを乞うた。

男は仕方がないと思いつつも、残りの飴玉をかき集めると、フルボーネに投げ渡した。

「ほら、これでいいだろ」

「へへっぇ、毎度あり。で、旦那がなぜここにいるかでしたっけ? それは、旦那が魔女の嫌疑を掛けられているからさ」

「魔女だと……?」

それは、男にとって聞き覚えのない単語だった。よく絵本などで、妖しげな力を使う人の形をした化物の事を魔女などと言ったけれど、まさかその化物のことを言っているのだろうか、と男は不思議に思った。

「ええそうですとも。旦那をここに連れてきた兵士達の話によれば、旦那は大きな光の柱と共に現れたとか」

「大きな光の柱……確かに、奴らはそんな事を言っていたような気がするが……だが、それと俺がこんな場所に閉じ込められているのにいったい何の関係があるんだ」

「関係大ありですとも。少なくとも、異端審問官が旦那を魔女と認めるぐらいにはね」

魔女、というのが何を差しているのかはよくは分からなかったけれど、つまり、兵士が見たという光の柱と共にこの地に来てしまったせいで、たったそれだけの理由で、地下牢に閉じ込められているというのだろうか、と男は思った。それは、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だと思った。そんな理由で人を投獄するなど、あまりにも中世的ではないか、と。

「それじゃ、俺はその異端審問官とやらに魔女と思われて、投獄されたっていうのか」

「ええ、その通りで」

深刻そうな表情を見せる男とは対照的に、フルボーネは、飴玉を気に入ったのか、飴玉を横から見たり、上から見たりして、呑気に眺めていた。

「どうやったら俺はここから出られる」

「それは無理でしょう」

「どういう意味だ」

フルボーネは、飴玉をぱくりと咥えると、神妙そうな表情を作って、指を2本立てて見せた。

「旦那の未来は、二つある。一つは、裁判と称して、魔女と自白するまで、痛めつけるのが好きな変態野郎から延々と拷問を受ける未来」

ぞっとした。男は、戦慄が身体を突き抜けるのを感じた。

「もう一つは、魔女である事を認めて、絞首刑になる未来」

「待ってくれよ……それって、つまり、ここから出られないって事じゃないか……」

「ええ、その通りで。だから最初に言ったじゃないですか。ここから出るのは無理でしょう、と」

今まで小波のように押し寄せていた恐怖が、大波に変わって男に襲い掛かった。男はその恐怖という濁流の中で、どうしようもない絶望感と虚無感を感じた。どっちに行けばいいかも分からず、どうやったら抜け出せるのかも分からず、ただぐるぐると死という恐怖が脳裏に浮かんだ。

そんな時だった。

突如、先の見えない仄暗い石畳の廊下から、

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と、一つの規則正しい軍靴の音が、ゆっくりと男たちに近づくように響いた。

「異端審問官が来るには早すぎるような……いずれにせよ、あっしはここいらでお暇させて頂きますかね」

フルボーネは、そう言うと、男に背を向けて何やらゴソゴソと部屋の石壁を探った。

フルボーネが何をしているのかはよく分からなかったけれど、フルボーネが去る前に、男にはどうしても一つ確認したい事があった。

「ここは、この時代は、一体いつなんだ」

「西暦1429年、中世暗黒時代さ」

フルボーネは、そう言い残すと、暗闇の中へと消えて行った。

その後、フルボーネのいなくなった部屋の岩壁には、人ひとりが入れるような空洞ができているのが見えた。

「1429年……中世暗黒時代……」

それは、男の携帯にも表示されていた年だった。

だが、もはやそれが嘘だとは、男は思わなかった。百年に渡る長き戦争、魔女、暗黒時代……今ようやく全ての点が一つの線に繋がった。そして、男は遂に悟った。この世界は、自分が住んでいた元の世界とは、明らかに違う世界だと。そう、ここはーー

「中世ヨーロッパ……百年戦争の地だ」

そして、その日、男は深く暗い絶望の淵で希望に出会った。

軍靴の音がぴたりと鳴り止むと、一人の少女が男の部屋の前で立ち止まった。

少女は、男を見つけると、鍵を使って、固く閉ざされていた扉を開け放った。そこに躊躇や迷いはなかった。

暗闇に光が差し込み、一人の少女が男の前に現れた。

少女は外套をばさりと広げ、男に片手を差し出すと、凛とした様子でこう言ってみせた。

「私には身命を賭して成さねばならない事がある。願わくば、その過酷な旅路に貴方の力を貸して欲しい」

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少女の真意は分からなかったけれど、その果てしなく青く澄んだ力強い瞳には、とても奇妙な事だけれど、嫌とは言わせない、そんな凄みがあった。

それに、ここで少女の頼みを断れば、この暗い牢獄で座して死を待つよりほかない、という理由もあった。

「事情は分からないが、俺をここから助けてくれるなら、俺はあんたに従おう」

「承った。約束しよう。必ず貴方をここから救うと」

男は、目の前に差し出された少女の手を恐るおそる握ると、少女は男の手をがっしりと強く握り返した。

その手の平は、男の手の平よりも一回り以上も小さかったけれど、不思議な事に頼もしいと思えた。

「よろしく頼む。俺は、朝霧 雫だ」

「こちらこそ頼む。私は、ガーター騎士団第24大隊騎士長ーーマルグリッド・オブ・ランカスターだ」

こうして二人は互いに握手を交わすと、先導するランカスターの後ろに従って、朝霧はその場を後にした。

朝霧がいなくなった牢獄には、本人が気づかぬ内に落としてしまっていた携帯が床に転がっていた。

画面は暗闇の中で妖しく光りながら次の一文を映し出していた。

ーー1429年2月12日12:03分。

朝霧が前に時間を確認した時から、約1時間ほど時間が経過していた。

つまり、それは、止まっていたと思われた時間が再び動き出した事を意味していた。

この時、運命は、気まぐれに朝霧とランカスターという二枚のカードを混ぜ、悪戯にどうなるかを試したのかもしれない。しかし、この二人の出会いこそが、二人の運命を、この国の趨勢さえも、大きく変えてしまうとは、この時、誰も知る由はなかった。

 

 

『LANCASTER《ランカスター》』:第2話 邂逅【王都出立篇】 -完-

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